情報の欲望社会・考え方が驕り 事務所便り2017年7月21日(金)No441

情報の欲望社会

目標のため辛抱強く自分の規律を守り、感情を一定に保つのは至難です。

自分の能力から離れ主観的な「愚かさ」から判断する危険から誰も逃れられない。自滅的な行動に支配されるために、自分で作る行動基準が必要になるのです。

「過去を忘れた者は同じことを繰り返す」歴史があります。

「天体の動きなら予測できても、人々や権力の狂気となると話は別」です。

情報自体が作り出す情報は「欲望社会」の本質を映し出すガソリンです。熱く熱中し語り捕らわれるほど、破滅につながっていきます。

この敵が、制御不能の自分自身だから最大の問題です。

全ての多くの人々が同じ予測する方向に流れていくとき、先見の明など大衆に価値はない。

多くは幸福を望みますが、追及することはできない。

幸福は自分が為すべきことを誰かのために、行うことですが、単に幸福を求めれば求めるほど実際は、つかめない逃げていく逆説に支配される現実が存在しています。

「自利利他」のもともと原典となっている「自利とは利他をいふ」(最澄の言葉)は、利他を実践すればいつかは自分の利益になるのではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せだからです」の教義です。

サービスの質と量、それにサービスを創り出す精神の重要性を忘れてはならない。

その為のどんな修行と行動を重ねて行くのでしょう。

強大な権力を持つ「詐欺師」は最も警戒に値します。

立派なスーツに靴と高級外車のお膳立て、善意の話し方で中身を覆い自分を飾ります。信頼と信用を外観と看板で脚色、基本的に、営業(自己益)で自分を飾ります。疑いなく検証もしません。信じれば本物か偽物か、騙されたことすら気付きません。

土地の値が上がることが良いことでも健全でもない、下がることが安全で健全です。なぜなら下がれば多くの庶民が普通に生活で資産を築けれるからです。

リスクとリターンは完璧ではありません。逆境に対しての答えがない結果、心理的なコストに耐えれるものでなければなりません。

将来が現在の行動にかかっているとみるか。

未来から現在が投影されているとみるか。

どれだけ考えていても、行動だけが答えを出します。

人は極限状態に置かれると天使と悪魔に分かれます。

環境の力の前にひざまずいて、堕落に甘んじるかあるいは拒否するかの決断だと、ビクトール・フランクリンが「夜と霧」に書いています。

実際に驕(おご)る権力者は、天使でない事だけは、誰の目にも確かでしょう。

考え方が驕り

人間だけが考える事が出来ます。

「思考は現実化する」ナポレオン・ヒルに有名な言葉があります。世の中の規律や正義の法則、他人の権利を侵さない限り達成できる。明確な目標を選び、考え方で不可能を超えれる。

アベ総理は先の都議選の応援演説で、辞めろコールに、「こんな人たちに負けるわけにいかない」差別的発言を行い、菅官房長官では常識的な発言?だそうです。

総理の考え方が変わったのか、素なのか。素であれば早くかわってもらうのが国民の為に一番でしょうか。

口先でどれだけ語ろうとも失言でなく総理の本音でしょう。

国民の権利を侵害する総理大臣の発言は信頼に遠く、恥ずかしい。

「三本の矢」は既に4年も経ちますが、中折れ状態「政治は結果がすべて」です。

変わっていません。次の一手もなく残る手はバラマキ位の手しかないようです。

アベ氏の言うトリクルダウン理論は「富める者が富めば、貧しい者に自然に富が滴り落ちる」の経済思想ですが、大手は頼まれてもトリクルダウンに否定的です。

思いが通ると思う程の指導者は、手詰まりの状態でしょうか。

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