物質文明の限界・事業は結果がすべて 事務所便り2014年3月17日(月)No339

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物質文明の限界

 今の社会で依存し享楽を維持するため、私たちは、10万年後まで完全に保管しなければならない、核廃棄物を生む原子力発電に依存しています。
この廃棄物が自然に一部戻るのにこれから10万年かかる。
 このことは、地球の歴史では、人類はホモサピエンスの時代です。
日本の一万年前は縄文土器の時代ですから、それから10倍も前の時代です。想像を遥かに超えてしまいます。

 トイレのないマンション建設と揶揄した政治家がいましたが、今でも福島原発では汚染水を出し続けています。
 これまで原発のコストは盛んに他の発電コストより安いと幾多の資料を示し説明されてきていましたが、部分的なものをあたかも全てであるかのように、マスコミを先頭に盛んに報道されました。垂れ流しは原発だけではありません。
重大なことは殆ど隠されていました。
 財界御用学者の不都合な現実は編集され、真実を報道しない体質に変わりない。
これらの自然界に存在しない核廃棄物は人類では解決できないゴミ問題であるということでしょう。

 これまで地球温暖化は地下資源の石炭と石油の燃焼の排気ガスCO2が、犯人として問題になり削減を目指しています。
 フクシマでは三年たった現在も、故郷を失い、生活基盤も失いメルトダウンで戻れない住民が何万人の単位でおいでます。
自然は金銭をどれだけ積んでも、元に戻りません。

 増して多数決という議会制民主主義の厚顔無恥な政治家を生み育てる制度では、これからも何世代に渡って不誠実な言動、誤魔化しを繰り広げることでしょう。
 私たちは次世代に何を残すのでしょうか。
核に依存した社会で、自然を搾取傷つける現代の延長に、本当の幸せがあるのでしょうか。明らかに見えてくるのは避けたい暴力だけが見えてこないでしょうか。

 私たちは、健康に生きていくのに不可欠なものは山河、海と空と大地です。
自然再生エネルギーの移行へ早急に実行すべきです。
 世界を席巻する物質優先の動物的文明は 、日本の生命文明と相違しています。
日本は太古からこれまで独自の文明を築いてきました。
 徳川時代の二百六十年余りが平和でなく、縄文時代は古代ギリシャと違い一万年以上に渡り人殺しの道具、武器が発掘されない平和な時代です。
 日本は西欧列強に対抗し、追いつき追い越せで、幸福を求めてきました。

 これからも、果たして更なる豊かさを求めれる環境でしょうか。
 アブ内閣はいま武器を輸出しようと考えていないでしようか。

事業は結果がすべて

 経営の基本ははチームワークであります。
問題を全体で共有し、乗切り、成功に変えていくのは、経営者の執念です。
 これには目的や目標を明示しない限り、行動は起こせないものです。
出来そうもない目標、努力したらできるギリギリの目標を掲げ、対等な立場で議論を重ね、合意の上で仕事を進めるために、経営情報はすべてオープンでなければなりません。
 目指す高い目標を示さない限り、誰も熱狂的な仕事をしない。
 互いに学び合い、助け合い、一つのチームとして働くために集合しています。
 問題を競争相手よりうまく解決する。
この条件には、顧客の信頼を勝ち取るに足る、人間性が重要になってくる。
 人は失敗からより多く物事を学ぶものです。
目標を目指すためには、小さな失敗を数多く経験し、大きく学ぶことしかありません。
成功から何かを学ぶことはめったにありません。
最初の四半期の目標を達成できなかったら、年間の目標も達成できない。撤退も判断基準に従い、スピードが命。
実績のみが実在です。

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